「部屋いっぱいに広がるような匂いがする」「家族に指摘されて受診した」――粉瘤(ふんりゅう/表皮嚢腫)では、においが受診のきっかけになることがよくあります。結論から言えば、粉瘤はそのうち自然に治ることはありません。においが強い時は炎症や感染を起こしている可能性が高く、早めの医療介入が必要です。
このブログでは、においの“正体”、強くなる理由、応急の対処、治療の流れ、受診の目安をわかりやすく解説します。
においの正体:角質+皮脂+細菌の分解産物
粉瘤の袋(嚢胞)の中身は、剥がれた皮膚の角質や皮脂が主成分です。これらが時間とともに古くなり、皮膚常在菌の作用で揮発性脂肪酸や硫黄系化合物が生じると、特有のツンとした臭いになります。熟成チーズに似た臭いと言われるのは、チーズの熟成でも脂質やたんぱく質が分解されて似た成分が生じるからです。
普段は袋の中に閉じ込められていますが、開口部(黒い点)から少量ずつ漏れる/袋が破れてにじみ出ると、周囲に拡散して鼻につくようになります。
炎症・感染でにおいが一気に強くなる理由
炎症が起きると袋の内圧が上がり、内容物が外へ押し出されます。さらに細菌が増えると分解が加速し、部屋の中にまで広がるような強い悪臭になることがあります。赤み・熱感・腫れ・痛み・膿(黄〜灰色のどろっとした分泌)があれば、感染のサイン。この段階は、自力ケアで様子を見るより医療機関での処置が最優先です。
「そのうち小さくなる」は誤解――自然には治りません
見た目が小さくなったり、いったん匂いが落ち着く時期があっても、袋(嚢胞壁)が残っている限り再びたまります。中には、恥ずかしさや忙しさから受診が遅れ、非常に大きくなってから来院される方もいます。大きさや匂いを責めることはありませんが、放置するほど炎症や癒着が進み、手術が難しくなりやすいのは事実です。思い当たる症状があれば、早めの受診が自分のためになります。
やってはいけない自己処置
・強く押し出す/針で刺す:袋が破れて内容物が周囲に散り、炎症・感染が悪化、傷あとが大きくなる原因に。
・香料でごまかす:皮膚刺激で余計に悪化することがあり、医療的な解決にはなりません。
・ネット情報の民間療法:温め続ける・刺激の強い外用は逆効果になることがあります。
受診までの応急アドバイス(におい・衛生のコントロール)
・シャワーでやさしく洗浄し、強くこすらない。
・無香料のガーゼやパッドで滲出を吸収し、こまめに交換。
・衣類は通気性の良い素材に。汗をかいたら早めに着替える。
・痛みが強ければ市販の鎮痛薬で一時的に緩和(アレルギーのない方)。
※あくまで受診までの応急です。症状が続く/強くなる場合は早めに診察を。
私のクリニックで行う標準的な治療の流れ
1)炎症なしの時期:局所麻酔の日帰りで袋ごと摘出(根治)。小さければ20〜30分程度で終了し、においの元となる内容物も同時に解消します。
2)炎症・感染が強い時期:まず切開排膿で膿と圧を逃がし、痛みや腫れを落ち着かせます。必要に応じて抗菌薬を併用。炎症が引いてから根治摘出へ進む二段階治療が安全で確実です。
3)再発予防の要点:嚢胞壁を破らず全周を確認して摘出すること。形成外科では皮膚割線に沿う切開、真皮内縫合、細い糸での仕上げで傷あとにも配慮します。
においで受診しても大丈夫――よくある不安に答えます
Q. においが強くて恥ずかしい…
A. 医療現場では珍しくありません。誰も責めません。においは病気のサイン。遠慮なく相談してください。
Q. 薬で匂いは消えますか?
A. 抗菌薬は炎症を和らげますが、袋そのものは消えません。根本解決は袋ごとの摘出です。
Q. 大きくなってしまった…手術は怖い
A. 大きくても段階的に安全に治療します。むしろ放置するほど手術は難しくなりやすいので、早めが有利です。
受診の目安――このサインがあれば早めに
・においがはっきり自覚できる、周囲に指摘される
・赤み・腫れ・痛み・熱感が出てきた/強くなっている
・膿や滲出液が続く、繰り返す
・急に大きくなった、硬くゴツゴツして動かない
・発熱・倦怠感がある(感染拡大の可能性)
まとめ:においは“悪化のサイン”。先延ばしにしない
粉瘤のにおいは、袋の中で古くなった角質・皮脂が細菌で分解されることで生じます。炎症・感染で一気に強くなり、生活の質を大きく下げます。粉瘤は自然に治ることはありません。においで困っている、赤く腫れて痛い、膿が出る――そんな時は、切開排膿→落ち着いたら袋ごと摘出という医療の王道で、確実に解決できます。受診が遅いほど負担は増えがちです。恥ずかしさや不安はそのままにせず、気づいた時点でどうぞ早めにご相談ください。